※このお話は、人と敵対したオラウスさんを止める嫁子の話な感じです。死ネタ注意。
色々模造設定万歳状態ですが、生温かい目で見てやってください。


[ 願い ]
(セレニティスIF小話01)

片手にナイフ、片手に封印具。
誰かが命を捧げれば、彼を救える。
だったら、何も迷う事はない。

「セレニティスさん!死んだら、自分を犠牲にしたらダメだって、言ったじゃないですか!」

後ろから悲痛そうな声でフィーリーから声が投げかけられる。
分かってる。
痛いくらいに、分かっている。
自分を犠牲にしてはいけないと、彼に教えたのは私だ。
けれど、この役目は他の人間に渡したくはなかった。

「…それでも、私はこれしか選べないんだ」

彼を救ったその後、彼がどう思うかも理解してる。
再び孤独につき落してしまう事も、自分を失って嘆き苦しむであろうことも。

「そんなことないです!生きてればなんとかなるって…」
「悠久の時を過ごす彼だ、私は止まり木に過ぎない」

そんな筈が無い事は、百も承知の事。
だけどそう言い聞かせなければ、彼を救いに行くのに躊躇いが生まれてしまう。

「私が消えても、きっと誰かが、彼に寄り添う。
だから…大丈夫だよ」

そうあってほしいと願う素直な気持ちと、死によって彼の永久を得ようとしている汚い自分。
彼の心に消えない傷を刻む事は承知の上で、ナイフで左手の手首を傷つけて。
封印具にその血を垂らし、その力を解放する。
オラウスと自分の周りを強い風が隔離し、向かい合う形になる。

「失われし国の英雄よ 救われぬ魂よ」

光の鎖が一本、彼の左腕を拘束する。
彼に教わった呪文をこんな形で使いたくはなかった。
一節を口にすれば封印具の光が強くなる。

「神にして神にあらざるものよ」

二本目が現れ、右腕を拘束する。
両腕を拘束された状態なら触れられる、ただそれだけの為に近づいて。

「今 我の叫びを聴け――」

抱きしめながら、次の一節を。
彼の意識はまだ戻らない。
それでも、触れる体温に少しだけ安堵をおぼえる。

「閉ざされた意思は、汝へ還り」

僅かに指先が動き、意識が戻りかけている事を伝えて。
それに気付けば申し訳なさが込み上げてくる。
けれど抱きしめたままでは仕上げが出来ない。
名残惜しそうに両腕を開いて、彼から離れる。

「意思閉じる力、我が命と共に散らん」

言葉の終わりと同時に、彼の刀を自分へと突き立てる。
ゆっくりと彼の瞳が開かれ、すぐに見開かれた。
わざと内臓を傷つける様に刺したから、喉の奥から血が込み上げて。
その場に膝をついてこぽりと血を吐きだした後、ゆっくりと彼を見上げる。

「セレ…ニ、ティス…?」

目の前の現状を信じたくないと言う様子で、彼の虹色の瞳が揺れる。
持てる最後の力を振り絞って立ち上がり、彼を抱きしめ口付けた。
血の味。
それを最後に、身体から力が抜け終わりが近い事を悟る。
崩れる様に地に伏して、もう視界すらぼやけて顔も見えなくて。

「…すま、な……」

共に生きると、離れたりしないと約束したのに守れなかった。
目を閉じれば彼を拘束していた鎖が砕け散る澄んだ音が聞こえて。
抱きかかえられ、ずるりと刀が身体から抜かれる。
頬に落ちてくる雫は、きっと彼の涙。

「どうして…どうして、こんな事をした…!」

答えようと口を開いても、零れてくるのは溢れる血ばかり。
痛いくらいに抱きしめられて、涙が込み上げてくる。
どれだけ謝っても謝り足りない。
私が彼を失ったらきっと生きてなんていけないから。
けれど私の命が尽きなければ、彼はこの空間の中でしか自らの意思を保てない。
血を失い冷たくなっていく身体に、僅かに彼の熱が移ってくる気がして。
感じる温もりに愛しさが募って、今になって死にたくないだなんて馬鹿げている。

「…、――…」

掠れるような、声にならない声で彼を呼ぶ。
力の入らない手で彼の服を掴んで、離れたくないと必死に訴える。
傍に居たい。
生きていたい。
助けられればいいと思っていたのに、本当はそれだけじゃ足りなくて。
溢れだした涙は止まらず、彼の服を濡らしていく。

「わかってる…わかってるから…」

宥める様に私に掛けられる声は涙に震えていて。
お互いに分かっている。
もう時間など無い事くらい。
命の砂時計が、落ちてゆく。
彼の温もりだけじゃ足りないくらいに、寒い。
消えていく自分の命を実感して、けれどそれに足掻きたかった。

"もし許されるなら、もう一度貴方と共に歩みたい――…"

もう伝える術もないけれど強く願う。
意識が途切れる直前に聞いたのは、慟哭する彼の声だった気がした。


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