少し膨らみ始めた腹部に触れる。 この胎の中にいるのは、たった一度身体を重ねた相手の子。 永い時間を独りで過ごしてきた自分よりも、遥かに永い時間を過ごしてきた彼。 誰よりも人を愛し、裏切られ、少しずつ心が摩耗して行ったであろうそれを想うと胸が締め付けられる。 一体どれだけの苦しみがあったのだろうか。 どれだけの悲しみがあったのだろうか。 そう考えた時から、きっと私は彼に惹かれていたのだろう。 だからその心にほんの一時で良いから寄り添いたいと、そう願い身を預けた。 身体だけでも、ほんの僅かだけでもいいから乾いてしまった心を癒したい。 私が願うには過ぎた事かも知れないが、それでも願わずには居られなかった。 そっと腹部に触れると、少しだけ内側から反応が返ってきて。 「…宿ったのが私で、良かったのか?」 胎の中の子に、そっと声を掛ける。 彼が人ではないと分かった上で抱かれ、この身に人ならざる者を身籠った。 彼は、この子を愛してくれるだろうか。 私は、この子を愛せるだろうか。 巫女としてしか生きてこなかった私が、きちんと親になれるのだろうか。 不安は尽きないが、胎の中でこの子は日に日に大きくなる。 それが伝わったのか、少し強めに内側から腹を蹴られる。 そんな様子に愛しさが募る。 「そうか。なら世界がお前を拒んでも、私は傍に居よう」 先程の行動は不安に対しての答えの様な気がして、腹部を優しく撫でながらまだ見ぬ我が子へと語りかける。 たとえこの世界がこの子を拒んでも、たとえ人ならざる姿であったとしても。 この子が私を選んで宿った事にはきっと意味があると、そう信じてこの子の側に居ようと決めた。 「だから、恐れずに早く出ておいで…愛しい子」 彼の血を引くその子を、早くこの目で見たい。 そう願いながら、小さな声で子守歌を口ずさむ。 遠い遠い昔、誰かが私に聞かせてくれた優しい歌。 今も耳に残るその旋律をなぞるように、想いを込めて歌を紡ぐ。 どうか、生まれてくるこの子がこの世界を愛してくれるようにと願いながら。 |