満開の桜の下、男女が二人。 どちらも黒を基調とした服装で、桜の下では少々異質に写る。 特に男の方はせっかく満開の桜だというのに、目隠しを付けたまま。 風が吹くと、桜の花びらが舞い散ってゆく。 ひらり、ひらり。 それを眺めながら、女の方が口を開いた。 「久方の ひかりのどけき 春の日に しづ心なく 花のちるらむ」 朗々と唄うような、独特の音の伸ばし。 女が口にしたそれに、男の目隠しの下の目が驚愕に見開かれる。 「エルトレシア…それは…」 「桜の花の散るをよめる…紀友則の和歌さな。この景色にちょうど良いだろうと思うてな」 遠い、遠い昔。 もう忘れてしまったかと思っていた、本当の故郷。 異国の地で、しかもどう見ても日本と関わりのなさそうな相手から、和歌が紡がれるとは思っていなかった。 「懐かしかろ、オラウス殿」 「ああ、とても…」 短い会話を交わせば、エルトレシアは満足げに笑みを浮かべる。 それから彼に聞かせるように、いくつもの和歌を吟じてゆく。 それは、ある麗らかな春の日の一コマ。 『久方のひかりのどけき春の日にしづ心なく花のちるらむ』 ――こののどかな春の日に、桜の花は何を思い何を散ってゆくのだろうか。 それに答える者は居ない。 ただ、春の日差しの中桜は二人の上に舞い散るばかり。 |
-あとがき的なもの- 桜吹雪を眺めながら浮かんだ一コマでした。 エルトレシアは次元の魔女なので、自由に好きな場所・時間に行けたりします。 だからエルさんなら日本に行ったことがあっても不思議じゃないかな、と。 和歌、漢詩の世界は楽しいですよ。 こんなの、もちまちま書いて行きたいです。 [更新日:2012/4/19] |